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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1930号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の第二次的請求を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、第一次的請求として、「原判決を取消す。被控訴人が訴外有限会社上田乳業食品から昭和三六年七月二五日成立した和解に基き別紙第一目録(一)記載の建物の所有権及び別紙第二目録(一)記載の営業用動産並びに同目録(二)記載の営業権を譲り受けた行為、及び被控訴人が訴外上田四郎から同和解に基き別紙第一目録(二)記載の建物並に同目録(三)記載の借地権を譲り受けた行為は、いづれもこれを取消す。被控訴人は、控訴人に対し金八〇万円およびこれに対する昭和三八年九月二二日より右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を、第二次的請求として、「被控訴人は控訴人に対し金八〇万円を支払え。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、つぎのとおりである。

一、控訴人の主張(請求原因)

(一)  第一次請求の原因。

控訴人は、昭和三六年六月一日訴外有限会社上田乳業食品(以下訴外会社という)同上田四郎外二名を連帯債務者として金八〇万円を弁済期同月三〇日、利息日歩四銭九厘と定めて貸し渡し、同人らに同額の債権を有している。

被控訴人は、昭和三六年七月二五日渋谷簡易裁判所において訴外会社および訴外上田四郎と和解をなし、右訴外会社からその所有である別紙第一目録(一)記載の建物の所有権及び別紙第二目録(一)記録の営業用動産並びに同目録(二)記載の営業権を譲り受け、また、上田四郎からその所有である別紙第一目録(二)記載の建物並に同目録(三)記載の借地権を譲り受け、右(一)(二)の建物につき、昭和三六年八月二三日所有権移転登記手続を経由した。

右和解当時、訴外会社および上田四郎の経済状態は、つぎのとおりであつた。

訴外会社は、牛乳の小売販売を業とし、得意先約一五〇〇軒を擁し、一ヶ月の売上約九〇万円、利益一二、三万円位を挙げていた。そして、その資産は、別紙第一目録(一)記載の建物(その価格は、同(二)記載の建物およびそれぞれの敷地の借地権と併せて昭和三七年八月二七日金六四〇万円で被控訴人により処分されたが、和解当時もこの程度の価格であつた)、第二目録(一)記載の営業用動産(価格四〇万円)、同(二)記載の営業権(価格二五〇万円であるが、被控訴人により一〇〇万円で不当に安く処分された)、売掛金六、七〇万円である。上田四郎の資産は、第一目録(二)記載の建物、同(三)記載の借地権(以上の価格は、(一)記載の建物と共に六四〇万円で処分された程度の価格であること前記のとおり)である。以上、訴外会社および上田四郎の資産は合計一、〇〇〇万円位であつた。これに対し、負債は、抵当権附債務二六五万円、一般債務三一四万円位合計五七九万円位であつた。しかし、右資産は、営業存続を前提とする価格であり、営業を廃止して精算するとすれば処分の対象は主として不動産となるから債務がやや超過する。しかも、訴外会社は運転資金が極度に不足し倒産寸前の状態にあつた。

被控訴人は、当時訴外会社に対し二四四万円の債権を有していたが(うち担保付債権は一五〇万円)、もし訴外会社が支払を停止し精算に入るとすれば自己の債権全部の、ことに無担保債権の回収ができなくなることを危惧し、債権回収の目的で前記の和解によつて訴外会社および上田四郎の財産の全部を取得したものである。その結果、前記の資産一、〇〇〇万円から担保附債務二六五万円を差引いた残り七〇〇万円程度の一般債権者の担保となるべき財産が失われた。訴外会社、上田四郎および被控訴人は他の債権者を害することを知りながら右財産譲渡をなしたものであるから、右財産譲渡行為は詐害行為として取消されるべきである。被控訴人は昭和三七年八月二七日右(一)、(二)の建物を訴外大商不動産株式会社に売渡し、その他の財産も処分したから、控訴人は、自己の債権額八〇万円の範囲内で被控訴人に対しその価額の償還を求めることができる、よつて金八〇万円およびこれを被控訴人に請求した日の翌日である昭和三八年九月二二日から支払済みまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

(二)  第二次請求の原因。

本件和解により訴外会社が被控訴人に譲渡した財産は、訴外会社の営業の全部に当るところ、訴外会社は有限会社であるから、右営業譲渡には社員総会の特別決議を要するのに、訴外会社においてその決議がなされなかつた。よつて、右財産譲渡は無効である。また、本件和解による上田四郎の被控訴人に対する財産譲渡は、右訴外会社の財産譲渡と一体としてなされたものであるから、後者が無効である以上前者も無効である。被控訴人は、右取得財産を他に処分し、その処分代金一〇三八万〇七一五円のうち四〇七万二〇七〇円を取得したが、これは右の理由により訴外会社および上田四郎に返還すべきものであるところ、控訴人は、訴外会社および上田四郎に対し前記のように八〇万円の債権を有し、訴外会社および上田四郎は現在全く無資産であるので、控訴人は、これに代位し、被控訴人に対し右八〇万円の限度で右処分代金の返還を求める。

二  被控訴人の主張(答弁、抗弁)

(一)  本案前の主張

第二次請求の追加には異議がある。

(二)  第一次請求に対する答弁。

控訴人主張事実中、被控訴人が訴外会社および上田四郎との間の和解により控訴人主張の財産を取得したこと、訴外会社の売上げ額、上田四郎の資産がその主張の建物および借地権のみであることは認めるが、その余の事実は争う。

(三)  第一次請求に対する抗弁。

(1)  本件譲受財産は、総債権者の一般担保財産でなかつたこと。

被控訴人は、昭和三〇年六月一〇日上田四郎を連帯保証人として訴外会社と牛乳等継続販売契約を締結し、昭和三三年五月一六日訴外会社および上田四郎所有の前記(一)および(二)の建物につき債権極度額を一五〇万円とする順位二番の根抵当権および債務不履行のときは債権一五〇万円をもつて右各建物を代物弁済として所有権を取得する旨の停止条件附代物弁済予約契約を締結し、それぞれ所要の登記手続を経た。以来、被控訴人は訴外会社と牛乳等販売契約を継続したところ、訴外会社は昭和三六年五月二五日までに金二四四万円の売買代金の支払を遅滞するに至つたので、右訴外会社および上田四郎の申出により昭和三六年七月二五日控訴人主張の和解をなし、被控訴人は訴外会社および上田四郎より右未払債務および将来の牛乳等代金債務の支払を担保するために、控訴人主張のように本件各財産の譲渡を受けたのである。ところで、前記(一)(二)の建物は、訴外住宅金融公庫のために債権額六五万円、利息年五分五厘の抵当権および訴外東京西南信用組合のために債権極度額を五〇万円とする根抵当権を負担し、また、建物敷地五五坪六合三勺は借地であるから、昭和三三年における担保権設定当時右各建物の残存価額は約一五〇万円と判断されていた。昭和三六年の和解による譲渡担保契約当時も、住宅金融公庫、東京西南信用組合に対する債務は若干減少したが、当時右建物には右訴外会社および訴外上田四郎のほか第三者(喫茶店鹿の園)が入居しており、その間における建物の値上りを考慮しても、その残存価額は前記一五〇万円の価額をそれ程上廻るものではなかつたから、被控訴人としては、反対給付なしに右昭和三三年の契約に基き同建物を代物弁済として取得しうる立場にあつたものである。従つて、もともと本件各建物は総債権者の一般担保財産ではなかつた(被控訴人は、昭和三七年八月二七日、右各建物をその敷地とともに大商不動産株式会社に金九〇〇万円で売却できたが、これは僥倖という他はない。つまり、被控訴人は本件建物の敷地を地主から二六〇万円で購入し、土地建物を一括して売却することのできたこと、当時証券会社が好調の波にのり設備の拡張を競つていたので、当時としては高額に売却できたこと、所有者が著名な被控訴人であつたため、直接大商証券株式会社を通じ大商不動産に売却でき、不動産仲介業者の手数料が不要であつたこと等の好条件に恵まれたのである)。

(2)  不当性を欠くこと。

本来、債権者詐害の行為は、単に計算上債務者の総債権者のための一般担保財産を減少する行為があつただけでは足りず、なお、その減少行為が不当性を有する場合にはじめて成立するものである。被控訴人は、昭和三六年七月二五日訴外会社に対する牛乳等代金債権二四四万円の支払を猶予して分割払とすることを承認するとともに、今後とも牛乳等の売り渡しを継続することとし、既存債権および将来生ずべき牛乳等代金債権支払のための譲渡担保として本件各財産の譲渡を受けたのである。当時訴外会社および上田四郎の更生の道は、引き続き被控訴人より牛乳等の供給を受けて牛乳販売業を継続する以外にはなかつたのであるから、本件各財産の譲渡担保行為は不当性を欠き詐害行為とならない。

(3)  善意

被控訴人は当時訴外会社および上田四郎が控訴人らに多額の債務を負担していた事実を全く知らなかつた。せいぜい上田四郎の親戚知人より少額の借入があることを予想していたものにすぎない。従つて、牛乳等取引の継続によりその利益中から旧債務の弁済が十分可能であると考えていた。ことに控訴人の訴外会社および上田四郎への貸付は、昭和三六年六月一日のことであつて、ほぼ本件譲渡担保契約の時期に同じであるから、被控訴人はその事実を認識しえなかつたのである。

(4)  債務者の弁済資力の回復。

被控訴人は、本件財産を処分した売得金から諸経費を控除し、被控訴人が訴外会社に対し有する債権(損害金債権の大部分を免除)の弁済に充当した上、その残金として昭和三七年九月八日五万円、同月一八日一五万円、同月二三日一〇万円、同年一〇月二日三〇万円、同月一一日一四四万四九五八円合計二〇四万四九五八円を訴外上田四郎に交付した。従つて、訴外上田は、遅くとも昭和三七年一〇月一一日にはその債権者に対する債務の弁済資力を回復したものであるから、かりに被控訴人が訴外会社および訴外上田四郎となした本件和解が詐害行為に当るとしても、控訴人はもはやこれを理由に取消権を行使しえなくなつたというべきである。

三、控訴人の主張(抗弁に対する答弁)。

(1)  抗弁(1)について。

被控訴人は、本件建物には抵当権があり、敷地が借地であるから、本件建物には一般担保財産たる余地がないというが、被控訴人は本件建物を訴外大商不動産株式会社に金六四〇万円(売買代金九〇〇万円から敷地取得経費二六〇万円を控除した額)をもつて売却した事実によつても、一般担保財産たる価値が残存していたことは明らかである。

(2)  抗弁(2)について。

債務者が所有不動産を特定の債権者に対し譲渡担保としてその所有権を移転し無資力となつたときは、特段の事情がないかぎり詐害行為となる(最高裁昭和三六年(オ)第二八六号判決民集一六巻三号四三六頁参照)。本件の譲渡担保契約は、単に旧債権の回収を確保するためになされたものであつて、債務者の更生の手段ではないから、前記の特段の事情がなく、詐害行為に当ると解すべきである。けだし、本件の譲渡担保契約の締結によつて債務者が得たものはわずかに旧債務の分割弁済の利益にすぎない。これでは債務者の更生の手段として役に立たない。控訴人は、訴外会社が本件契約により被控訴人より牛乳の継続供給を受けることができたことを強調する。しかし、経済的弱者である債務者が経済的強者である被控訴人より唯一の生業である牛乳販売につき牛乳の供給を止めるとおどされてやむなく本件譲渡担保契約の締結に応じたものにすぎない。このようなことで詐害行為の成立が阻却されるならば、製造業者と代理店というおよそ経済力において優劣の差のある者の間ではすべて詐害行為が成立しないことになるであろう。牛乳供給の継続は、訴外会社と被控訴会社との間の従前からの関係の継続に止まり、新たなる更生の手段の提供に当らない。

(3)  抗弁(3)について。

本件債務者が他から多額の債務を負担していたことは、被控訴人も十分認識していた。

(4)  抗弁(4)について。

被控訴人は、上田四郎に対し被控訴人主張のとおり本件建物を処分して得た代金より債権を精算した残額を引き渡したことは認めるが、右金員は、当時その日の暮らしにも困つていた上田四郎の生活費に充てられてしまい、到底控訴人に対し負担する債務その他の債務の弁済に充てる余裕はなかつた。すなわち、この程度では債務者の弁済資力の回復といえないから、被控訴人の右抗弁は理由がない。

五  証拠関係(省略)

理由

控訴人が訴外有限会社上田乳業食品および上田四郎に対し、控訴人主張のような債権を有することは、その成立に争いのない甲第三号証および原審証人上田四郎の証言、原審における原告本人尋問の結果により認められる。

控訴人の第一次的請求の当否について判断する。

被控訴人は、控訴人主張の日その主張のように右訴外会社および上田四郎との間にいわゆる即決和解をなし、その主張の財産権を取得したことは当事者間に争いがない。そして原審における証人上田四郎の証言によれば、当時右訴外会社および上田四郎は、右財産以外には格別の資産を有せず、一方、控訴人に対する前記債務、後記の被控訴人に対する債務のほか、他にも債務を負担し、債務総額が五七〇万円ないし五九〇万円に上つていたことが認められる。

控訴人は、訴外会社および上田四郎が、このように多額の債務を負担しているのに、その財産の全部を被控訴人に譲渡するのは、被控訴人以外の他の債権者に対する詐害行為になるという。

その成立に争いのない甲第一、二号証、乙第一、二、五、六、七号証、原審証人森本公哉の証言によりその成立を認めうる乙第三号証、原審証人上田四郎の証言によりその成立を認めうる乙第四号証、証人上田四郎の証言(原審および当審一、二回、ただし後記信用しない部分を除く)、証人森本公哉の証言(原審および当審)を総合すると、つぎの事実が認められる。

訴外会社(代表取締役上田四郎)は、昭和八年頃から被控訴人より牛乳の卸売りを受け牛乳小売業を営んできたが、代金の支払が円滑を欠くようになつたので、昭和三〇年六月一〇日には被控訴人との間に牛乳等の継続的売買契約を締結し、昭和三三年五月一六日被控訴人主張のように第一目録(一)、(二)の建物につき極度額一五〇万円の根抵当権設定および停止条件附代物弁済予約契約をなし、その登記手続を経た。しかるに、昭和三六年五月二五日締切の債務が六月一四日現在で二四四万円に達したので、被控訴人は訴外会社に対し右代金の支払がないときは、前記根抵当権または代物弁済の予約完結権を選択行使し、かつ、右継続的牛乳等売買契約を解除する旨通告をなした。そこで、訴外会社および上田四郎より被控訴人に対し示談の申し入れをなし、その結果、前記の裁判上の和解がなされるに至つたものである。この和解においては、訴外会社は被控訴人に対し右未払債務二四四万円と昭和四〇年六月末日まで年五分の割合による遅延損害金四八万八〇〇〇円との合計二九二万八〇〇〇円を、昭和三六年七月より昭和三七年六月まで毎月末日限り金三万円宛、昭和三七年七月より同年一二月まで毎月末日限り金四万円宛、昭和三八年一月より同年六月まで毎月末日限り金五万円宛、昭和三八年七月より昭和三九年六月まで毎月末日限り金七万円宛、昭和三九年七月より昭和四〇年五月まで毎月末日限り金一〇万円宛、昭和四〇年六月末日八万八〇〇〇円を支払う。債務者が右分割債務の支払を二回分以上怠つたときは当然に期限の利益を失う。訴外会社は、被控訴人より現在販売を受けている牛乳等の買受代金は毎月二五日締切りその翌月一〇日限り支払う。訴外会社および上田四郎は、右既存債務および将来生ずべき牛乳等買受代金債務の支払を担保するため、前認定のように別紙目録第一、第二記載の財産上の権利を被控訴人に移転し、前記のように既存債務の支払を怠つて期限の利益を失つた場合のほか、将来生ずべき毎月の買受牛乳代金の支払を一回でも怠つたときも被控訴人において通知催告を要しないで前記既存債務の期限の利益を失わしめ、かつ、牛乳等の継続販売契約を解除することができる。この場合は、訴外会社および上田四郎は、被控訴人に対し別紙第一目録の建物より退去して明渡し、第二目録記載の動産を引渡し、営業権を返還し、牛乳得意先名簿を引渡すこと。この場合、被控訴人は、右建物敷地に対する借地権を取得し、右建物(借地権を含む)、動産、営業権の一または全部を任意に売却処分し、売却代金中より売却に要した諸経費一切を差引いた残額を既存債務全部の支払に充当し、なお不足額を生じたときはこれを訴外会社、上田四郎に請求し、残余を生じたときはこれらに支払う。以上を骨子とする約定がなされた。しかし、その後一年位の間に再び旧債務の分割弁済金の支払が行われなくなり、また、新取引による牛乳等代金の未払が生じたので(昭和三七年一〇月一〇日の精算時には、旧債務の未払金は元金二一七万円、遅延損害金九万二〇〇〇円以上、新取引による牛乳等代金未払一八一万七〇円であつた)、被控訴人は、昭和三七年七月、前記の約定に基き、被控訴人と訴外会社間の取引を打切り、被控訴人が譲渡担保として取得した前記財産権を処分して精算を開始する旨を訴外会社および上田四郎に通告した。そして、被控訴人は、前記(一)(二)の建物の敷地の所有権を所有者町田宗一から二六〇万円で取得して、同年八月二七日に右建物および敷地を大商不動産株式会社に九〇〇万円で売却し、また、その頃牛乳小売販売の営業権を一〇〇万円で他に売却し、また、訴外会社の売掛金三八万〇七一五円を回収し、一方、右建物の負担していた抵当権附債務であるところの西南信用組合分四八万一三三二円、住宅金融公庫分五五万六三八五円、国民金融公庫分五万四三五五円、右建物に入居していた喫茶店鹿の園立退料五〇万円その他諸経費七万一六一五円を立替払をした上、訴外会社および上田四郎に対し、同年九月八日五万円、九月一八日一五万円、九月二二日一〇万円、一〇月二日三〇万円、一〇月一〇日一四四万四九五八円を交付して精算を終えた(訴外会社の旧債務遅延損害金は、九万二〇〇〇円超過分を免除)。

以上の事実が認められる。上田四郎の精算金受取額に関する証人上田四郎の当審第一回証言は信用できない。

右認定事実によれば、本件和解前に被控訴人が訴外会社および上田四郎に対し有していた担保権は一五〇万円を限度とするものであつて、右金額を超える債権は無担保債権であつたが、本件和解により被控訴人は二四四万円に及ぶ既存債権全額について担保権を有することになり、そして新たに担保として取得した財産権は右債権全額の支払を担保するに足る価額であつたと認めざるをえない。しかしながら、右和解によつて被控訴人の取得した財産権は、右既存債務を担保するだけでなく、新しく被控訴人が訴外会社に対し売却する牛乳等売掛代金債権をも担保するものであるが、昭和三六年六月当時前記のように未払金が累増して信用が失われ、一旦は訴外会社との取引を打ち切つて既存の担保権の実行を決意するに至つた被控訴人が、再び訴外会社に対する牛乳供給を継続し、新しく信用を供与するには(販売条件は代金後払である)、担保の増加を要求するのも無理からぬところである。そして、前認定程度の担保の増加は、必ずしも必要の限度を超えた増担保ともいえない。一方、訴外会社としてもこのような窮状を打開して何とか更生の道を見出すには、被控訴人からの牛乳供給を継続して貰つて営業を続けるのが最良の方策であつたものというべきである。けだし、当審証人上田四郎(第二回)の証言によれば、右和解当時訴外会社の被控訴人からの牛乳仕入額は一ヶ月八、九〇万円であり純利益は仕入値段の一割五分位であつて、和解条項で定められた既存債務の分割弁済は十分履行し得る状態であつたことが認められるからである。しかも、当審証人森本公哉の証言によれば、被控訴人としても、訴外会社および上田四郎と前記の和解をしたのは、訴外会社が被控訴人の古い顧客であるところから、訴外会社をして更生せしめる目的以外に他意がなかつたことが認められる。また、訴外会社としても、被控訴人の提案した条件で和解を成立せしめて永年にわたり継続してきた本業に専念し、冗費を節するのが安全かつ効果的な更生手段であつたこと前認定の事実に徴し明かである。原審における原告本人尋問の結果、その成立に争いない甲四号証、甲七号証によれば、控訴人は上田四郎に対し本件建物をアパートに改造して利殖の方法を講ずべき旨献策していたことが認められるが、それは必ずしも堅実な更生策ともいえない。

以上の次第であるから、前記和解による被控訴人の財産権取得については、訴外会社および上田四郎の債権者に対する詐害行為に当らない特段の事情があるものというべく、これを詐害行為としてその取消しと取得財産の価額の償還を求める控訴人の第一次請求は失当であり、これを排斥した原判決は正当である。

つぎに、控訴人の第二次的請求について判断する。

控訴人の第二次的請求は、当審第一六回口頭弁論期日(昭和四一年一一月四日)において始めて申出でられたものであつて、本件訴提起(昭和三八年六月一二日)以来三年有余を経過しており、しかも、当時第一次請求に対する証拠調がすでに終了し、第二次請求の審理のためにはなお相当の証拠調を要するから、訴訟手続を著しく遅滞せしめるものというべきである。

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人の第二次的請求はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(別紙)

第一目録

(一) 東京都世田谷区世田谷三丁目二、二五五番地

家屋番号同町五四八番

木造亜鉛葺平家建店舗 一棟

建坪    二六坪

(二) 東京都世田谷区世田谷三丁目二、二五三番地

家屋番号同町二二五三番二

コンクリートブロツク造亜鉛メツキ鋼板葺二階居宅 一棟

建坪    九坪七合五勺

二階    九坪七合五勺

(三) 東京都世田谷区世田谷三丁目二二五三番の一

宅地三七八坪五合九勺の内東南隅五五坪六合三勺に対する借地権

期間    昭和三三年二月一〇日より向う二〇年間

借賃    一ヶ月金一五〇〇円

目的    普通建物所有

貸主    町田宗一

第二目録

(一) (1) 冷凍機  一馬力モーター付(三井精機株式会社製)    一台

(2) 冷蔵庫  タイル張八〇ケース入リ            一個

(3) 自転車                        一〇台

(4) 牛乳販売営業用什器                   一切

(配達箱一〇個、配達袋二〇袋、雨具一〇枚、金銭登録器一台、カウンター一台、木製テーブル一台、木製椅子五脚)

(二) 牛乳小売販売営業権(得意先一、五〇〇軒)

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